信州鬼無里|おでやれ鬼無里|長野市市民生活部鬼無里支所

歴史・伝説を訪ねる

鬼無里の伝説

 その昔、会津の伴笹丸・菊世夫婦は第六天の魔王に祈って娘呉葉を授かりました。娘が才色備えた美しい女性に成長したとき、一家は都に上って小店を開き呉葉は紅葉と名を改めて琴の指南を始めました。 ある日、紅葉の琴の音に足を止めた […]

 鬼無里は、深い山々に囲まれた幻の「谷の都」。
 はるかな時を越えてつづられる歴史、人々の中に脈々と受け継がれるその文化は、今もなお大切に受け継がれています。

◎鬼無里ふるさと資料館 〔長野市鬼無里1659:TEL(026)256-3270〕

 かつて、鬼無里の経済を支えた「麻」にかかわる文化財と鬼無里の地質や化石の資料を収集。
 「一木彫」や「透かし彫」などの精巧な技で龍や唐獅子などが施された祭り屋台(山車)と神楽が展示されています。このほか、彫刻家・北村喜代松、四海、正信の三代の彫刻、大理石彫刻と鬼無里が生んだ和算家・寺島宗伴の遺品や著述書も展示されています。
■入館料:一般200円/高校生100円/小・中学生50円(※毎週土曜日は、小・中学生無料)
URL:http://www.city.nagano.nagano.jp/museum/Kinasa/

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◎文珠堂

 京都切戸の文殊、奈良安部の文殊とならぶ日本三文殊のひとつ。 木曽義仲の守護仏・大聖智恵文珠菩薩像を本尊として祀ったといわれています。
 鬼無里では、「文殊」ではなく「文珠」と伝承されています。

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◎松巌寺・川端康成文学碑

鬼女紅葉の守護仏といわれる地蔵尊を祀ってある紅葉ゆかりの寺。伝説の里の史跡めぐりには見逃せないお寺です。境内には、自然を愛し昭和11年に当地を訪れた川端康成の文学碑も残されています。

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◎鬼女「紅葉」の墓

松巌寺の境内に鬼女紅葉の墓といわれる石塔が今もひっそりと祀られており、花やお菓子が手向けられています。

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◎船繋ぎの樹

 その昔、中田の十二神社は鬼無里の谷が湖だった時、湊だったところで、南西へ直線距離で7.5km離れた小川村の飯綱神社とを結ぶ渡し船があったそうです。神社には根回り11.5mの槻の木があって、船のとも綱をこれに繋いだところから「船繋ぎの樹」と呼ばれました。
 十二神社の紋章が「帆掛け船」で、鳥居を「波よけのの鳥居」と呼ぶのも、この故事からです。
 この樹の下には、信州松代の長国寺住職が寛政元年にこの伝承を聞いて創った詩碑があります。

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◎加茂神社

 貞観(じょうがん)7年(西暦865年)の創立と伝えられる東京(ひがしきょう)集落の産土神。平安の都を思わせるその名前は、鬼女紅葉の伝説を偲ばせてくれます。

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◎白髯神社

 昭和34年に国の重要文化財に指定された本殿は、室町時代の建造で、優雅な建築様式が取り入れてられます。
 祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)を祀ってあり、天武天皇が白鳳年間にこの地に遷都を計画され、その鬼門の守護神として創設されたといわれています。

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◎春日神社

 東京(ひがしきょう)、西京(にしきょう)、加茂神社とともに京の都を思わせる神社。伝承によれば、この地に遷都を計画した天武天皇の使者が来訪した折に創建したといわれています。

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◎内裏屋敷跡

鬼女紅葉の屋敷跡といわれる台状の平地で、ここから9〜10世紀の土師式土器や鉄滓(鉄を鍛える時に落ちる鉄屑)が出土していることから、この場所は何らかの製鉄場の存在を推測させます。